
横隔膜ヘルニア
症例
軟部外科
◆ 横隔膜ヘルニアとは
横隔膜は胸腔と腹腔を隔てる膜状の筋肉で、呼吸運動にも関与する重要な構造です。
この膜が裂けたり、欠損したりすることで腹腔内臓器(肝臓、胆嚢、小腸、胃、脾臓など)が胸腔内へ逸脱する病態が「横隔膜ヘルニア」です。
逸脱した臓器による肺の虚脱や心臓の圧迫により、呼吸循環系への影響が強く出ることが多い点が臨床上の特徴です。
◆ 発生原因:外傷性 vs 先天性
■ 外傷性横隔膜ヘルニア(Traumatic Diaphragmatic Hernia)
交通事故、落下、圧迫などによる急激な腹圧上昇が原因で、横隔膜に裂け目が生じます。
成猫や成犬に多く、肝臓・小腸・胃が逸脱するケースが多いです。
合併損傷(肋骨骨折、肺挫傷、膀胱破裂など)の有無を把握することが、初期対応では極めて重要です。
■ 先天性横隔膜ヘルニア(Congenital Diaphragmatic Hernia)
腹膜心膜横隔膜ヘルニア(PPDH)が代表的で、心膜と腹膜を介して肝臓や小腸が心膜腔内に迷入しているケースもあります。
無症状で経過する例も 多く、健診や去勢・避妊手術時の術前X線で偶発的に発見されることがあります。
◆ 主な症状
呼吸促迫、腹式呼吸の強調
無気肺による酸素化低下
吐出、食欲不振
外傷例ではショック症状(虚脱、頻脈、低体温)
胸腔内にガス陰影(胃)や小腸様構造が認められた場合には強く疑う必要があります。
◆ 診断方法
X線検査:ヘルニアの第一選択。肝陰影の胸腔内迷入、心陰影の消失、腸管ガスの胸腔内認識がポイント。
超音波検査:肝臓や腸の胸腔内迷入の確認に有効。
造影検査(胃造影・バリウム):診断が難しい場合に実施されることも。
CT検査:手術適応判断や詳細な臓器位置把握に有用。


◆ 治療と外科的管理
横隔膜ヘルニアは基本的に外科的整復が必要です。
呼吸状態・血行動態が安定し次第、速やかな開腹下整復術を検討します。
手術ポイント:
横隔膜裂孔の縫合には吸収糸または非吸収糸による縫合。
気胸解除のため術後の胸腔ドレーン管理が必要なケースもあります。
慢性例では癒着剥離や肝臓・胃の変形が見られ、剥離操作に注意が必要です。




◆ 予後と術後管理
急性期に手術が可能であれば、多くの症例で良好な回復が期待できます。
慢性化 例(発症後数週間以上)では臓器の癒着・変形・再肺膨張性肺水腫などのリスクが高く、術前評価が重要です。
呼吸の安定化・疼痛管理・術後の酸素化維持が術後のキーとなります。
◆ まとめ
横隔膜ヘルニアは「呼吸器症状」や「消化器症状」など、非特異的な臨床症状で見逃されやすい病気です。特に外傷歴がある個体では、画像診断による早期の除外・確定診断が求められます。
臨床的な気づきと画像診断、タイミングを見極めた外科的対応が予後を左右します。