
犬の伝染性肝炎
症例
感染症科
概要
犬の伝染性肝炎(CIH)は、アデノウイルス1型(CAV-1)によって引き起こされる全身性感染症であり、肝臓を中心に腎臓、眼、血管内皮など多臓器に波及します。ワクチン導入以前は致死率の高い疾患として知られており、現在も未ワクチン個体や野犬集団では散発的に発生が認められます。
感染経路と病態生理
経口・経鼻感染 → 咽頭扁桃や上部気道粘膜で初期複製
その後、血流を介して肝臓、腎臓、眼房水、内皮細胞へ播種
肝細胞壊死、血管透過性亢進、DIC様変化を呈し重篤化
ウイルス排出期間:感染後6~9ヶ月間、尿中へ排出持続(公衆衛生的観点でも重要)
臨床症状
発症は年齢・免疫状況により異なる:
急性型
高熱、無気力、食欲不振
嘔吐・下痢、腹痛、黄疸
点状出血や鼻出血、DIC兆候
可逆性の角膜混濁(blue eye)(免疫複合体によるぶどう膜炎)

亜急性/慢性型
慢性的な肝障害や間歇的な発熱
成長不良、体重減少
致死型
パピーでの急性経過(播種性血管内凝固、ショック、死亡)
鑑別診断
犬パルボウイルス感染症(特に若齢犬の嘔吐・血便)
犬ジステンパーウイルス
Leptospira spp.感染症
中毒性肝障害(例:キシリトール、Amanita)
門脈体循環シャント(PSS)や肝リピドーシス(慢性期)
診断
血液検査
ALT, AST, ALP, TBILの上昇、時に低アルブミン血症
WBC低下→上昇、進行例ではDIC徴候(PT, APTT延長)
尿中ビリルビン、タンパク、円柱の確認
特異的検査
PCR検査(咽頭スワブ、尿、 血液)
ウイルス分離(研究施設での使用に限る)
抗体価測定(paired serum)
剖検時肝病理:びまん性壊死、肝細胞内封入体の検出
治療
特異的な抗ウイルス薬は存在しないため、支持療法が中心
急性期の治療
輸液療法(維持+脱水補正+循環維持)
制吐剤(マロピタント、メトクロプラミド)
抗菌薬(セフトリアキソン、アンピシリンなどの二次感染予防)
血漿製剤またはFFP(DIC兆候、低アルブミン血症に対して)
肝保護剤(SAME、ウルソ、シリマリン等)
慢性例
肝線維化対策(抗線維化剤の併用、生活管理)
定期的な血液モニタリングと肝酵素評価
予後
急性例の致死率:20~30%(未治療時はそれ以上)
生存例の多くは、肝機能回復後も数ヶ月にわたりウイルス排泄を継続
角膜混濁(ブルーアイ)は2〜3週で自然消退することが多い
予防
CAV-2含有の混合ワクチン(当院で接種可能な6種、10種)で予防可能
CAV-1ワクチンは角膜混濁の副反応が強いため、現在は用いられない
初年度に2~3回の接種、その後は年1回~3年に1回のブースターが推奨される
まとめ
犬の伝染性肝炎は、現代の予防医療の進展によって臨床現場では非常に稀となった疾患ではありますが、ワクチン未接種犬や保護犬、海外輸入犬では依然としてリスクが残る疾患です。疑わしい症例においては、迅速な鑑別と支持療法により救命できる可能性も高く、「疑って検査する」姿勢が予後を分けます。